今回は、日本抗加齢医学会認定施設で認知症・MCIの専門外来を持つ池岡クリニック院長 池岡清光先生(以下、池岡先生)の考える認知症回避策、ご自身が実施されている認知症予防策について伺いました。
「身体は知性」「血糖と筋肉を制する者はエイジングを制す」「脱ペットライフ」といった池岡先生の考えとともに、ご自身が実践されている「認知症を回避する6か条」といった興味深い内容をご紹介いたします。
「身体は知性」
清水
前回は池岡先生が認知症に取り組むことになったきっかけや、認知症患者さんやご家族の方のケアについて伺いました。
今回は池岡先生の認知症回避へのお考えと、先生が実施されている回避策をお聞かせください。
池岡先生
今のところ比較的エビデンスがしっかりしているのは運動ではないかと思います。運動は認知症予防の意味で重要だと思います。
実際に認知症になった方が運動するのは非常に難しいため、予防としておおいに推奨したいと思います。
デイサービスでも認知症の方に運動を推奨して取り組んでいますが、70代80代で来られている方は筋力がない、筋肉量が少ない、背中が曲がっている、ということでその状態から運動をするのは本当に難しいです。だから40代50代からちゃんと運動しておくことが重要だと思います。
清水
「つけた筋肉は裏切らない。歳をとってからつける努力も裏切らない」は池岡先生の名言ですね?
池岡先生
歳をとってからつける筋肉に意味はあるけど、やっぱり予防の方が効率がいい、本当に。ごく軽度の運動でもやらないよりはマシ。でもそれは運動だけじゃなくってトータルだと思うんです。お酒の飲みすぎとか、ごはんの食べすぎとか含めて。全部がバランスよくいかないと効かないのではないかと思います。
運動もめちゃくちゃ激しくやる必要はないけど、ある程度、日常的に体を動かす。階段を使うとか、歩くとか、そういうのでも意識してやるのと、意識してないのでは随分違うと思います。モチベーションは明らかに影響があって、何も考えずに2キロ歩くのと、「これは運動だ」と思ってマインドセッティングして2キロ歩くのでは効果が違うと言われています。
よく「あいつの脳は筋肉で出来ている」とか言われることがありますが、そんなことは絶対になくて、優秀なアスリートはすごく考えることができているのだと思います。体の使い方がわかっている人はやはり賢い。だから体をちゃんと鍛えておくというのはすごく大事なんじゃないかと思います。
「血糖と筋肉を制する者はエイジングを制す」
池岡先生
糖質制限をやってみたら体重も減るけど、腹回りが細くなったのにはびっくりしましたね。いかにインシュリンが皮下脂肪をつけているかがよくわかりました。
糖質制限にプラスして運動すると絶対に実ると思います。
抗加齢ドックで外来に来る人は40代~60代で健康マニアの人が多いです。「俺がどれだけできているか測ってくれ」みたいな人が多くて、実際に検査するとものすごくいいんです。だから、ちゃんと実践している人の努力は必ず実るなと感じています。
やった分の効果は出ます。「なんぼやってても全然ようならへんわ」っていう人は、たぶん本気で実践していないか、やり方が間違っている可能性が高いと思います。
清水
運動というとハードルが高いと思う方もいそうですが、例えば、通勤のために20分歩くというのでも意味はあるのでしょうか?
池岡先生
勿論。ただし、速足で歩くといった意識が必要だと思います。心拍数が上がらないと体は運動と認識しにくい。通勤の時だけ運動靴で速く歩くというような工夫でも相当変わると思います。
例えば20分といった一定量の時間を気にされる人もおられますが、考えるだけでやらないよりはとりあえずやってみるのがいいと思います。5分でもいいからやる。意識づけして実践したら全然違うと思います。家の中でもスクワットする等、やるとやらないのでは大違いです。
ただし、筋トレに関しては一度ちゃんとしたコーチをつけたほうがいいと思います。ジムに行って故障するのは、だいたいフォームの悪さが問題です。だから、フォームをきちっと教えてもらったほうが良いです。一方で問題なのは、きちんと教えられるトレーナーが少ないことです。それが筋トレがうまく続かない、効果が出ない理由だと思います。筋トレはちゃんとやったらすごく良いトレーニングだと思います。
いずれにしても普段からできることをするという意識づけが大きいと思います。何も考えずにボーっとしているより「認知症にならないようにこうしよう」と思いながら動いていたら、それは必ず実ると思いますね。
「脱ペットライフ」ちょっとしんどいことをやると認知症予防に意味がある
清水
池岡先生のブログで「脱ペットライフ」という記事がおもしろいと思いました。
池岡クリニック院長ブログ「ゴキゲンジャーナル」脱ペットライフ
食事の準備や家の片づけなど、何でもだれかにやってもらい自分はテレビを見て寝ているだけといったペットのような生活は認知症への最速到達法であると述べられています。
池岡先生
「脱ペットライフ」とは、簡単に言うと「ラクしていると実らない」という意味です。「ちょっとしんどい」ことをやり続けるというのはすごく大事で、運動の効果も一部はそれだと言われています。運動ってしんどいでしょ?それをやるのが大事なことだと思います。
これはホルミシス効果で「体に有害とされるストレスも適量であればむしろストレス耐性を高める」という考え方です。
適度な負荷をかけたら能力が上がる。負荷をかけすぎたらまずい。あまりにも負荷の軽いのも効果がない。適度で「ちょっとしんどい」、手を伸ばして5センチぐらい先にあるようなことをやるのが認知症予防に意味があると思っています。
運動に限らず普段やっていることがやりやすくなってきたら、もうちょっと目標を上げてみるというように、目標をだんだん上げていくのが良いのではないかな。ちょっと無理、ちょっと難しいと思うことをやらないと伸びないです。「それできません」とか「無理です」とか、すぐ言う人がいたとしたら、そういう人が認知症に近づいていくのだと思います。
安楽にしていると悪くなる。使えば使うほど、使い心地は良くなってきますよね、基本的に。特に人間の体はそうで、なにも使わないでいるとどんどん悪くなっていきます。
人間が歩かなくなるとすぐに体調が悪くなるのは、それが関係していると思います。
認知症を回避する6か条(極めて個人的な独断の)
- 責任感のある仕事をする
- ちょっと無理目の目標を作る
- 若い友人とのコネクションを持つ
- 新しいことに手を出す
- 美しいものに触れる
- 何のために生きているのか?考える
責任感のある仕事をする
よく「なんでもいいからやれ」「趣味をやれ」と言われることがあると思いますが、僕はそこに責任感が必要だと思います。仕事でも「明日休みます」というような仕事はたぶん駄目だろうと。「責任感のある仕事をする」ことが重要だと思います。要するに、なんとなくしんどい、ちょっとしんどいというのに意味があるんじゃないかと。
ちょっと無理目の目標を作る
「責任感のある仕事をする」に関連して「ちょっと無理目の目標を作る」。これは脱ペットライフで紹介した通り、ホルミシス効果を期待することです。
若い友人とのコネクションを持つ
若い友人と男女に関わらずコネクションを持つことがすごく大事なことだと思います。そして僕のような歳になったら、一緒に遊ぶのに加えて出来れば支援する。応援する。可能性を広げてあげる。
同年代のお友達もいいのですが、「おまえなんとかやってみ」と言えるような支援を若い人にするのが双方にとって有益かなと思います。支援する方も世界が広がって勉強になります。
新しいことに手を出す
脱ペットライフとして「新しいことに手を出す」。惰性や繰り返しはやめるということです。
新しいことをすることに付随して、付き合いで「NO」と言わないように心掛けるのが大事かと。「ちょっとこれはいまひとつかな」と思っても、行ってみたらそれなりに得られるものがあることが多いからです。引きこもっていては変化しません。
返事は「はい」か「YES」しかない、というのがポイントです。
美しいものに触れる
アートや音楽、本など美しいものに触れることも大事だと思います。芸術に触れる感性がないとまずいかな。
美は抽象的です。ロジックは出てきません。そういう抽象的なものと接するのが大事だと思います。以前、抗加齢臨床医の会の夏合宿で岩波久威先生に、認知症の方は和音がわからないのではないかという話を教えてもらいました。それを元に僕のクリニックで100名以上の患者さんに試してみて、その結果を抗加齢医学会で発表しました。MMSEが下がると共に和音の認識率も下がっていったのです。
これは何を意味しているかというと、和音が明るい感じだとか悲しい響きだとかいう感情があまり刺激されていないのです。認知症の方に「音楽は好きですか?」と聞くと「はい、好きです」と答えられますが、実際の生活で音楽を好んで聴かれていないことが多いです。昔の曲は思い出として好きだけど。音を聞く快感が失われているのだと思います。思い出でなく音楽をちゃんと聴ける人というのは、おそらく認知機能がしっかりしていると思います。
僕は音楽のジャンルでいうとジャズが好きで、その中でも前衛というか、普通の人が聴いたら「なにこれ?」というような音楽が好きです。そんな音楽を好きでいる間はたぶんボケないだろうと思っています。これが単なる音、雑音にしか聴こえなくなったら怪しい。美に触れるというのは脳の刺激としてすごく大事だと思います。
何のために生きているのか?考えること
認知症の予防として考えていることを述べてきましたが、実は一番大事なのは何のために認知症にならないのか、何のために生きているのか、と考えることが大前提だと思います。それがないと意味がない。長生きしても仕方がない。「何のためにあなたは生きているのか?」ということをまず考えてみることが大事ではないでしょうか。
今後取り組んでいきたいことは?
池岡先生
高校時代の同級生はもう定年。
この歳になってわかった開業医の良いところは定年がないことです。せっかくだからそれを活かそうと思っているので、やめようと思いません。
息子も医者で「これからどうする?」という話も出ますが、彼は僕がしんどくなるまでは好きにやってくれと言っています。だから何歳まで仕事をするとは決めていません。
池岡クリニックのビルから少し離れたところにデイサービスが3つ集まっているケア専用のビルを作っています。いずれはクリニックは息子か誰かに任せて、僕はケアに専念したほうがいいんじゃないかと考えています。デイサービスで医者が利用者さんと一緒にいるところはまず無いから、認知症に対する医学的知識を動員してデイサービスで仕事をしたら面白いんじゃないかなと思います。
介護の領域はまだまだサイエンスが足りません。僕でも何か役に立つんじゃないかと思うので、先々はいわゆるメディカルよりも新しい介護の仕事を考えたいなと思っています。
【第1話】池岡クリニック院長 池岡清光先生の認知症への取り組みも御覧ください
インタビューさせていただいた先生
医療法人池岡診療所池岡クリニック
院長 池岡清光先生
医学博士、総合内科専門医、循環器専門医、認知症予防学会専門医、抗加齢医学会専門医・評議員、NR・サプリメントアドバイザー
大阪府城東区に認知症外来をもつ池岡クリニックと、ケアプランセンターやデイサービスなど介護分野を担う池岡ケアを展開。
「あしたを守る、あなたを見守る」を池岡クリニックの合言葉に、患者さんの心と体に寄り添い、「病気ではなく患者さん自身を診ること。患者さんの快適な生活を考えること。」を要として診療されている。
この記事の著者
清水真人
株式会社ヘルシーパス メディカル・サービス部部長